協会誌巻頭言

当協会について

日精協と熊精協の役割

公益社団法人 熊本県精神科協会 副会長  犬飼 邦明

日精協と熊精協,一字違いですが中身はかなり違います。全国組織と地方の違いは当然ですが,前後左右の視線が違います。ここで前後というのは過去から未来,左右というのは組織間の拡がりという意味です。一方似ているところもあります。それは役員や委員が全て現職の医師であることで専従者がいないことです。その結果役職者は重責を担うほど組織のために割く時間が増えてゆき,本来の自分の仕事の時間が削られます。知識や経験や人脈が増えるのは確実ですが多くの医師はそんなものはいらないといって役員などになることを望みません。

熊精協に出入りし始めたのが20年ほど前,熊精協ピアレビュー担当になったのが初めてでした。「くませいフェスタ」担当,地域医療担当,精神科救急・情報センター立ち上げ,公益法人化担当などを経て理事,副会長とお引き受けして来ました。日精協入りしたのは10年後の2006年7月レセプトのオンライン化検討会委員,看護コメディカル委員,医療政策委員を経て理事に選出されました。いずれも少し前を藤本敏雄先生が歩いておられ,そのずっと前は三村孝一先生が業績を残しておられました。

熊本地震からはや1年を過ぎました。天と地がひっくり返るような出来事も,表面上は日常性を取り戻し過去のものになったような感があります。当院をはじめまだまだ復興には時間がかかりますが,復興計画の中には次への備えや,新たな試みも含まれているところがあり,未曾有の体験が無駄にはならないような心意気を感じることもあります。例えば当院の目の前の県道熊本高森線は道路幅が2倍半,4車線に拡張され「益城中央線」として復興プランの中核に位置付けられているようです。賛否両論ありますが私は災い転じて福となす,転んでも何か掴んで立ち上がる方を選びます。

この1年全国から様々なご支援をいただきました。正直申して自院のことで精一杯で,同じような被害を受けた県内の他の会員病院のことや,熊本版 DPAT など支援の側に回られた皆様の活動状況はほとんど知る機会がありませんでした。各地で熊本地震の被災経験について講演依頼を受けることも多かったのですが,これまでは極めて近視眼的な被害規模や経験談に終始していました。しかし最近は「今後どうすればよいのか」「次に起きた時の備え」「支援者のメンタルヘルス」「BCP」などのテーマに移ってきているのは当然ともいえましょう。

そのような中,日精協が「災害支援中心病院」の設立を決めました。これは従来の DPAT など公的支援に加えて,会員病院相互間の共助機能を高めようというもので,都道府県の災害対策本部,DPAT 統括本部,精神科病院協会(日精協支部)などと情報の共有を図りながら人や物の集積と配分を効率化しようというものです。似たような言葉に次期地域医療計画で盛り込まれる予定の「精神科災害拠点病院」がありますが,そちらはまだ機能も明確になっておらず,日精協が先行していつ起きるか分からない次の大規模災害に対するネットワークを構築したものともいえます。私も今年度から厚労省委託事業の DPAT 運営協議会と日精協災害対策委員会の末席に加わることになりましたので,熊本地震の経験を生かすことで何とか恩返しをしたいと考えています。

さて今年は日精協と熊精協の役員改選の時期です。この熊精協会誌が発行される頃は両公益法人とも新執行部が決定していることでしょう。話は戻りますが熊本では日精協理事と熊本県支部長を私が,日精協代議員と熊精協会長を相澤先生が担って参りました。このようなツートップ体制は決して珍しいことではありません。全国規模での前後左右の視点と熊本での目前の問題の解決は多少次元が違いますが両方とも必要といえましょう。中央と地方とではかなり温度差や情報遅延がありますが,いかに正確に迅速に中央の情報を伝えることが役員の役割といえましょう。相澤先生のますますのご活躍に期待するものです。

 

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