協会誌巻頭言

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指導医講習会に参加して

公益社団法人熊本県精神科協会 理事 濵元純一

平成30年1月21日中央大学駿河台記念館で行われた精神科専門医指導医講習会に出席しました。講義の中に「精神療法の基本について」があり,講師の方もどのように話しをしたらいいか迷いますと言われました。それぞれが自分の考えを持たれているだろうし,いろいろな流派を評価するのも,かといって基本だけでは限られるし,話すのが難しい課題でした。しかし,それでも何とか話をまとめられました。すごいと感心しました。

「精神療法」は指導医研修会でも難しい課題ですから,研修手帳に指針があるとは言っても臨床場面で指導をするのも難しいことです。一方,実際には外来診療・入院治療で患者さんが回復していくのですから,ことさらにというわけでもないという面もあります。入院中は医師だけでなく多職種のスタッフも関わりますし,その中で現実的な対応力が向上していく例が殆どです。 

話を聞きながら,自分はどうしているのだろうと考えました。多分,受容や支持などいくつかの基本原則があり,無意識のレベルでもそれを使っている。理性にとっては「理にかなっている」ことが基本で,それに沿って無意識に納得するともやもやが消える。「もやもや」が人を動かし,「すっきり」が人を落ち着かせる。気づき,洞察,認知療法,論理療法などが効果を発揮するのは,それが脳のエネルギーの流れを変化させ,それを感覚として感じている。神経細胞,グリア細胞を含めたネットワークで,伝達のスムーズさ,つなぎ直しでネットワーク全体のエネルギー状態が極小値に変移することが,味覚の甘さと同じようにスッキリの感覚になるのではないか。

「理不尽」を含んだ記憶は,その記憶に注意が向くと「もやもや」が急激に増大し,精神面や運動面を通してエネルギーとして発散されるのが「症状」と呼ばれるもので,また注意そのものはそのネットワークへのエネルギーの分配という側面もあるのではないか。うつ病の休止している脳活動にも理由があるはずで,一旦発生したエネルギーは発散されないと注意からのエネルギーが延々と繰り返し補給され,生物学的な変化が起こるのではないか。学習,つまり神経のつなぎ治しには,経験と時間が必要で,急場では時間がなく,コントロールできないエネルギー発散の多くは症状として出現し,エネルギーを消費し一時の安定を得て急場を凌ぐのではないか。救急外来での症状の激しさにもそれなりの理由あるのだろう。理性を通らない表現は「症状」として段階があり,体調不良,自律神経症状,パニック,強迫依存,気分の変調,幻覚妄想などの順に,その人の素質と相まって出現しているように見える。目の前の不安は,時に根本的な「理不尽」の記憶と反応して賦活され,法外なものになるのだろう。 

現実を受け入れるのは理にかなっている。「理不尽さ」や「そうである理由」についての理解と配慮が大事で,逆に価値観は感情が入り現実をみないことになる。誰にとっても現実は現実,違って見えるが誰もが同じ現実の中で生き,自分一人ではないことが共通理解になると安定する。「人は同じ,心の仕組みに差はない」「人は違う,個性の差はそれぞれの人の想像をはるかに越える」,多様性への認識と寛容が大事なようだ。

不勉強は棚に上げ,精神療法の基本とは一体何なのだろうとぼーっとしているうちに時間があっという間に過ぎしまいました。講師の先生,お疲れ様でした。

 

 

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