協会誌巻頭言

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感染症と社会 ~その世界的影響~

公益社団法人熊本県精神科協会 理事 本島昭洋

2016年の熊本地震の時には,これは一生に一回の大きな経験だと思った。しかし,2020年はCOVID.19の流行で,もっと大規模な世界的な出来事を経験する年になった。本誌の出る7月には,どうなっているのか,4月半ばの時点では全く予想がつかない。

感染症の歴史をみてみると,天然痘,ペスト,麻疹,コレラ,結核,ハンセン病,梅毒など,これまで多くのものが人類社会に多大の影響を与えているのがわかる。

日本では奈良の大仏建立のきっかけとなった天然痘であるが,16世紀のコルテスとピサロによるアステカとインカの征服に大きくかかわっている。それまで,天然痘のなかった新大陸の住民は,この病により次々倒れ,戦わずして敗れたのである。その後も,繰り返し脅威を与えた天然痘であるが,1798年にジェンナーによる種痘の開発で予防が可能となった。そして,国立熊本病院の蟻田功元院長もリーダーの一人であった WHOのプロジェクトにより1980年に根絶宣言された。この後にWHOは,ポリオの根絶も計画し,いまだ実現していないものの,大幅に減少させている。なお,西太平洋地域のポリオは根絶されており,当時の尾身茂 WHO西太平洋事務局長(現在の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の副座長)の最大の業績とされる。

現代では散発的にしかみられなくなったペストであるが,6世紀に東ローマ帝国,14世紀に全ヨーロッパ,19世紀に中国で大流行している。1347年より始まったヨーロッパの大流行の背景には,十字軍の遠征やモンゴルの侵攻による東西交易とネズミとノミの移動があると言われる。世界全体で推計7,500万人の死者を出したと言われており,検疫はこの時にヴェネチアで始まっている。農業人口の減少,ユダヤ人迫害など様々なことが起きており,王権や教会の権威の失墜など,その社会的影響ははかりしれず,宗教改革や中世の終焉につながったとされる。19世紀の中国での流行時に,熊本出身の北里柴三郎とフランスのエルサンにより,1894年にペスト菌は発見された。日本に最初にペストが入ったのは1899年であるが,この時も北里柴三郎が中心となり,流行を終息させている。

18世紀以降だけでも10回以上,21世紀(2009年)にもパンデミックを起こしたのはインフルエンザである。この中で最大のものは,1918年のスペインインフルエンザであるが,推計で5,000万人の死者が出ている。なお,最初に流行したところはスペインでなく,アメリカであり,第一次世界大戦でヨーロッパに持ち込まれたと言われている。2009年のインフルエンザA(H1N1)では,世界の中でみると日本は拡大阻止に成功した国とされる。ただしインフルエンザは2018年,2019年に日本で年間3,000人以上の死者が出ていることは知っておくべきである。

他にも,COVID.19と同じコロナウイルスである SARSや MERS,2014.2016年の西アフリカのエボラ出血熱など世界的に問題となるものは繰り返し出ているし,今後も新たな感染症は出現すると言われている。

その中で,古くからある結核は,アジアを中心にいまだに世界では毎年150万人,日本でも2,000人以上の死者を出している。耐性菌が多くなっていることも大きな問題であるが,アフリカで多いエイズ患者の死因で最大ものは結核である。やはりアフリカを中心にみられるマラリアは,WHOの推計では2017年に425,000人の死者を出している。この現代の3大感染症である結核,エイズ,マラリアに共通していることは,南北問題,すなわち貧困の問題であり,アフリカやアジアで多くの患者・死者が出ている。この格差の問題は全世界で解決していくべき課題である。

これまでのことで,感染症が人類社会にどれだけ大きな脅威であったのかがわかると思うが,今回のCOVID.19の影響はとても大きいものがある。ヨーロッパやアメリカといった先進国の医療崩壊が叫ばれるが,発展途上国の状況は正確に把握できていないのかもしれない。衛生状態が良いと思っていた日本でも,医療崩壊という言葉が現実味を帯びてきている。医療だけでなく,社会全体の機能が大幅にダウンしており,世界経済や安全保障の面での脅威となっている。流行が早く終わることを願ってやまないが,その後の世界がどうなるのかも,注意してみていく必要がある。熊本地震では全国からの支援があり,地域の人のつながりが強まった面も感じた。今回は不足するものを手作りするというたくましさも生まれているが,人との物理的距離をとることを勧められるのが感染症である。人も国も心までも排他的・閉鎖的になって,今以上の偏見・差別・格差につながらないことを望みたい。話が大きくなってしまったが,長期戦が予想される中,自分でできることとして,自分自身,家族,周囲の人の感染予防を粘り強く行っていくことが,何より大切であろう。

なお,本稿を書くにあたり,病気の社会史(立川昭二),疫病と世界史(W.H.マクニール),モダンメディア誌の「人類と感染症の闘い」シリーズ(加藤茂孝),國井修公式ホームページなどを参考にしており,ここに感謝の意を表明させていただきます。

 

 

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