協会誌巻頭言

当協会について

新年のご挨拶

公益社団法人熊本県精神科協会 会長 相澤明憲

令和2年を迎え,謹んで新年のご挨拶を申し上げます。

昨年は30年ぶりの御代替わりがあり,さまざまな行事が行われました。天皇陛下の御即位や新元号によって,物質的に何かが変わるわけではないのですが,確かに世の中の空気が変化したような気がするのは,私だけではないはずです。

熊本県精神科協会においては,1年間大過なく運営することができたと思います。むろん小児思春期患者がなかなかすぐには受診できないこと,措置入院において診察する精神保健指定医や受け容れる病院の確保のこと,などの課題は以前から引き続いているのですが,協会員の皆さんの努力により,徐々に改善しているのではないかと思います。精神科救急への対応,精神科にも対応した地域包括ケアシステムの構築などの課題は今後も行政と話し合いながら進めていかなければなりません。

協会の外の動きとして,学会専門医の問題があります。昨年,厚生労働省は各県ごとの将来における必要な各科の医師数というものを発表しました。それによれば,熊本県の精神科医は十分足りているということです。臨床現場で仕事をしているものにとって,全く実感とかけ離れた結論と言わざるを得ません。さらに国は,臨床各科の学会専門医制度を利用して各県,各科医師数を強引に調整しようとしています。これが学会の専門医制度における専攻医のシーリングです。専門医制度は,各科の学会が専門医研修を通し,その科で診療する医師のレベルを一定水準に保つことを本来の目的としていたはずで,医師数の調整に利用するなど全く想定していないものです。専門医制度を悪用(?)した国の強引なやり方は,いずれさまざまなひずみを生み国民医療そのものを危うくしないかと危惧しています。

私が精神科医となって40年になります。大学の精神神経科医局に入った時の恩師である立津教授や清田助教授に年齢だけは追いつているわけで,何やら不思議な感じを覚えます。

思えば40年前の精神科病院はのんびりしていていました。入院している患者さんたちと一緒に過ごすことが仕事の大半のようなものでした。運動場でソフトボールをしたり,病室で囲碁や将棋をしたり。お正月には病院のマイクロバスで初詣に出かけたものです。それは遊びのようでありますが,当時の長期入院の人たちに何とか外から働きかけをして,その社会性を維持したい,取り戻してほしいという試みでもあったのです。そのころから,「精神障害者の社会復帰」「入院医療から外来医療へ」などと言われるようになりました。しかし当時は,それが現実的なものだとはとても思えませんでした。患者さんがかなり回復しても,退院させることにはとても苦労しました。地域に受け皿はほとんどなく,もし家族に受け入れられないと言われれば退院は困難でした。外来を受診する患者はとても少なく,毎日の外来当番が一人であっても暇を持て余すことが多かったのです。それは,精神科医療に対する偏見が今に比べてずっと強かったということが大きな要因であったと思います。しかし40年がたった現在,地域の支援体制もだんだん整い,退院して地域で一人でも生活している人が多くなりました。社会復帰という言葉の意味も,単に退院して地域に戻るということではなく,社会の中で役割を持ち自己実現を果たすということに代わってきたように思います。精神科外来を受診する人は非常に多くなり,精神科の病院やクリニックの外来は繁忙化して急ぐ人でもなかなか予約が取れないという話を聞きます。ほんの少しずつの変化が積み重なり,40年という長い時間がたってみれば,日本の精神科医療は確実に進歩していると思います。

私たちのような地域で働く臨床医は,結局のところ目の前にいる患者さんに対してその時々に使える手段を用いて診療を行うということしかできません。しかしそういう地道な取り組みを積み重ねて行くことがもっとも重要なことなのだろうと思っています。

今年は九州精神神経学会・九州精神医療学会が熊本市で開催されます。当協会は,熊本大学の精神科教室と協力しながら,この大仕事に取り組むことになります。学会開催の実行委員会はすでに発足し,着々と準備が進んでいるのですが,年が明けていよいよ本格的に活動することになります。熊本地震の時に見せた協会の結束力を再度発揮して,立派な学会を開催したいと思います。

令和2年も協会はたくさんの課題に取り組みます。その活動が,熊本県の精神医療福祉の発展に寄与し,会員の皆さんの医療活動の助けるものにしたいと思います。

新年が皆様にとりまして希望に満ちた明るい年となりますよう祈念し,ご挨拶といたします。

 

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