協会誌巻頭言

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ファクトチェック

公益社団法人熊本県精神科協会 理事 高森 薫生

「精神科で拘束 1万2000人/17年度 最多更新6割高齢者/県内160人」の見出しが,平成31年2月17日(日)の熊本日日新聞に載っていた。子どもたちが新聞を開けたら必ずはじめに見る,くまモンの四コマ漫画の右となりであった。それは「ある一日の熊本県内の精神科病院では,160人の人がベッドに括りつけられ身動きできない状態。そのうち96人が高齢者である」と読めてしまう。

また記事の中には「患者団体や専門家からは『実際には安易に行われ,長時間の拘束で死亡する例も出ている。人権侵害の恐れがある』との指摘が出ている。」とあった。精神科の病院に関係する患者さんや家族,職員それから関係ない人も含めて精神科に対する陰性の感情を煽る。

このいわゆる630調査とは,毎年6月30日付で全国の精神科病院,精神科診療所,自治体等における,精神保健医療福祉の現況モニタリングを行うものである。調査結果をまとめたものを「精神保健福祉資料」として公表し,その内容を自治体が把握することで医療計画の策定等に役立てるのが目的だ。平成28年度までの630調査における「身体拘束を行っている患者数」とは,「衣類または綿入り帯等を使用して,一時的に当該患者の身体を拘束し,その運動を抑制する行動の制限を行った患者数を計上する」と定義されているが,平成29年度からは「拘束指示の有無」との問となり,「拘束」の用語については特に説明がない。精神保健福祉法では「身体的拘束を行う目的のために特別に配慮して作られた衣類または綿入り帯を使用するものとし」と明文化されている。しかしこの記事においては,点滴時のミトンを含めた抑制も含まれると記されている。実際,施設によって報告する拘束の定義が異なる。

記事には厚労省は,増加の原因は分析できていないとしている。自院のことを踏まえて考えると数が増加している理由は,以前より行動制限委員会等がしっかり運営され,過去には指定医の指示がないまま拘束(抑制)していたものが,短時間であっても,きちんと指示が出て診療録に記載されるようになったことや,また施設によっては指示のいらない危険防止の一時的な拘束(抑制)も計上しているから等の要因も関連していると思う。精神病床では拘束を含め,法に従った指定医の診察,必要性の判断のうえで行動制限が行われているが,介護保険関連施設等では6万人が身体拘束されている調査報告がある(厚生労働省;平成26年度老人保健健康増進等事業)。これに一般病床での抑制を入れると,精神科の1万2000人をはるかに上回る身体拘束(抑制)が法的根拠なく行われている現状がある。

患者さんは幻覚妄想や躁状態の著しい精神運動興奮の最中に,自傷や他害の恐れがあるとして警察官に伴われ,保健師,家族と一緒に24時間365日,我々のところに連れてこられる。患者さん自身もさることながら家族を含め全員が疲労困憊でなるべく早く,取り敢えず預かってほしいとその時は,急がれる。

精神科治療の歴史には,疾患の根本的な治療より,患者さんを鎮静させることを一義とした治療がまず行われてきた悲しい歴史がある。そしてその方法も回転椅子,蛇の穴や発熱,昏睡,低血糖から前頭葉白質切截術と,現在考えるととても恐ろしい根拠のない治療である。しかしその時代時代に治療者たちは,真剣に患者さんや社会のために考えてきた真面目な方法だったであろう。

現在,精神医療の世界でも,古い収容型の治療から脱する入院以外での治療介入の方法論が展開されつつある。オープンダイアログ等が誕生し,DSM の変化のように力動的,分析的な精神医学と生物学的な精神医学の両方を用い,より柔軟性をもった精神医学へと変化しつつある。そのDSM も第5版になると今までのローマ数字からアラビア数字となったのは,きっとソフトウエアーのヴァージョン,リヴィジョンアップのように DSM 5.2と必要時,細かく改訂できるように柔軟性を持ったものと考えられる。

過去の治療法と同じように「身体拘束」も,数十年後には過去の方法となっていることを切に願う。今はただ現状の制度や法律の中,特に急性期に於いては収容型の入院治療はどうしても必要な例が存在し,代替え手段がない状況においてやむを得ず身体拘束を行っている。私自身も拘束帯を着けてみた。たった数分でも肉体的,精神的には耐え難い体験であった。記事のなかで指摘するように安易にされていることがあってはいけない。肺梗塞等での死亡事故も事実である。

我々は前述のような状態の患者さんの受け皿として,少ない病棟スタッフで患者さんを預かり,患者さんにもスタッフにも事故がないよう,法律に従いできる限りの努力をしていると信じている。それでも不幸な事故が起これば,当然批判される。しかし代替え手段の提示なく,ただ単に善悪の二元論だけで語られても改善は見込めない。新聞も,スポーツ誌や週刊誌,ワイドショーの価値観ではなく「報道」の新聞であれば,数字だけではなく,その背後にある社会の情勢も含めたものを理解したうえで表現をしていただきたいと思う。

将来のよりよい精神医療のためにも,くまモンを見る子どもたちの時代に身体拘束が過去のものとなるように。

反精神科運動は長い歴史を通して,盛んに続いてきた。我々はそれらにも十分に耳を傾けようと思う。現代,IT 化が急速に進み SNS が広まる中,多くの情報が氾濫する。

「事実」といろいろな立場の「意見」とは異なるものとして区別し,検証したうえで,正しい情報を選んでいかなければならない。9割以上の県民が読む大切な地方新聞だからこそ大手通信社の情報を手に入れたとしても,重大な社会問題であればあるほど可能な限りファクトチェックを行い,必要なら当事者の取材をして,数字や表現を子どもたちにも分かるように記載し「報道」「問題提起」してほしい。

 

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