協会誌巻頭言

当協会について

もうひとつのパンデミック

公益社団法人熊本県精神科協会 理事 高森薫生

一昨年の2020年3月11日,WHO は新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の状況を受けて「パンデミック」を宣言した。今なお,この「パンデミック」は継続している。現状のウイルスの変異の状態から今後,大きな変化がないと仮定すると,臨床的には,宣言当初よりも,ワクチンや抗ウイルス薬など感染症そのものに対する治療法,また検査を含めた対応は進んできた。

しかし丸2年半を経た現在でも,あいかわらず各国の政策や方針は異なっている。全地球規模の感染拡大,つまりパンデミックへの対応としては,世界各国が可能な限り同じ空間と時間に同一の方法論で対策を講じなければ,収束は困難なように思える。ヒトをはじめとする他の種の進化を含めた生態系と同様,ウイルス界にも生態系があるとすると(ウイルスを生物とするか無生物とするかには議論があるが),今回のSARS-CoV-2の爆発的流行は,長引く変異の問題だけではなく,ウイルス界の菌交代現象のようなことが起こり,新たなウイルスの出現や流行等の新時代の入口に立たされているのかもしれない。地球温暖化による生態系や気候の激変に直面しているかのように。

ところでパンデミック;pandemic という言葉は,本来ラテン語,ギリシャ語に由来し,パン(pan) は“ 全て(all)”, デミック(demic) は“人口(population)”あるいは“人々(people)”を意味するデモス(demos)から来ているらしい。当初は「一般的,普遍的」という意味で使われていたが,17世紀のペストの大流行の頃から,医学的な全世界的流行の「感染症」として使われることになったそうだ。この感染症のパンデミックのなか,「もうひとつのパンデミック」が世界各国に先駆けて我が国に迫っている。

それは「認知症パンデミック」だ。

我々,精神科医療に携わる者にとっては,身近かつ重大な事態である。この認知症パンデミックという言葉は,調べた限り最初に以下のような文脈で使われている。

~2025年には,認知症患者は700万人になり,行方不明者も年間1万人を割らない状態が続く。特に都市部では症状の悪化した,行き場のない患者は,精神病院送りにされる~これを認知症パンデミックと呼んでいる。(武藤正樹氏:厚生労働省2012年精神科医療の機能分化と質向上に関する検討会座長,2019年,内閣府規制改革推進会議・介護ワーキンググループ専門委員)

また,英紙フィナンシャル・タイムズの,日本における認知症の記事に「The country’s mentalhealth hospitals have few young patients. At thesame time, there are urban families desperatefor somewhere to put their parents, and so theyhospitalize them. It is a match made in hell: analien environment where dementia patients aremedicated and in danger of rapid decline.」とある。日本では認知症患者が急激に増え,多くの患者は未知の環境で,薬漬けにされ急速に悪化する地獄,つまり精神病院への入院となる,という内容だ。内閣府の令和元年高齢社会白書によると,最期を迎えたい場所を60歳以上の人に聞いた調査では,自宅が51.0%,病院が31.4%,老人ホーム他が17.6% と,自宅が一番多い。最期の場所として,1万人を下らない行方不明者の一部は残念なことに,死亡診断書の「死亡したところ:その他」つまり,徘徊の末,用水路へ転落するケースも報告されている。この英紙記事~巷にあふれる記事の一部かもしれないが,一般の人々に強い影響を与える記事~では,精神病院に入れられることが地獄,最悪であると表現されている。我が国の医療福祉施設のなかで,厳格な法の下で行動制限を行っているのは精神科のみであるが,それを知る由もない多くの人々にとって,精神科病院への入院は「ひどい目に遭う」「不幸な」ことだととらえられている。ただし,一部の精神科病院でその法を遵守せず人権にかかわる重大な行為がなされていることも残念ながら事実ではある。

認知症パンデミックとは実際どのような状態なのか。九州大学の二宮利治先生が研究代表を務めた「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究平成26年度総括・分担研究報告書」によると,2025年には認知症患者が約700万人にのぼると予測されている。また先日,アルツハイマー病研究会のシンポジウムに於ける,山田正仁先生(九段坂病院院長・金沢大学名誉教授)の発表によると,金沢大学の研究では地域には認知症とほぼ同数のMCI がいると推測されているという。先の研究結果をふまえると2025年には認知症患者とMCI を合わせて約1400万人に及び,日本の全人口の10人に1人以上が認知症かMCIということになる。また金沢大学の研究では85歳以上の7割超,90歳以上の8割超が認知症かMCI とされている。まさにパンデミックである。一体この方たち(私自身も含む)の居場所はどこにあるのだろうか。現在,精神科病院は多くの高齢者を受け入れているが本来,統合失調症モデルとして成立してきた精神保健福祉法による入院制度は高齢者の入院に際して現実に即しておらず問題点がいくつもあると常々感じている。

まず心理行動症状が激しく入院すべき認知症の受入は,精神科の重要な役割の一つである。今や隔離室には,精神科救急医療を除けば新規の統合失調症患者の姿は少なく,家族に暴言を吐きながら杖や鎌を振り回していた認知症患者を多く目にする。高齢のため身体合併症も多く行動制限もより慎重にならざるを得ない。

熊本県では地域拠点型認知症疾患医療センターの100%を精神科病院が占めるが全国的には地域型の約5割は,一般病院である。地方独立行政法人東京都健康長寿医療センターの「認知症疾患医療センター運営事業の事業評価のあり方に関する調査研究事業報告書令和4年3月」の「類型別・医療機関種別内訳」によると,基幹型は100%が一般病院,地域型は48.7%が一般病院,51.3%が精神科病院となっている。また「類型別診療科」では地域型の91.8%に精神科がある。つまり地域型を担っているのは,単科精神科病院が半数,精神科も標榜している一般病院が半数ということになる。一般病院にとっては行いやすいGP 連携(一般医-精神科医連携)も,残り5割を占める精神科病院(主に我々,日精協・熊精協の会員病院)においては難しい。誤嚥性肺炎や大腿骨頚部骨折,感染症など身体合併症治療が必要な際の精神病床での入院継続,緩和ケア,人工透析継続,看取りについての制度上の可否はどうなのか。精神科と一般科の連携強化は急務であり,実情に即した制度への見直し,および診療報酬も検討する必要がある。

一方,一般病床や自宅,介護施設での対応困難例,また社会的入院を受け入れる役割としての精神科がある。一人暮らしや行く場所がない人,老々介護の方々の居場所としての入院,心理行動症状ではなく社会的事情による入院,また家族の介護負担軽減のためのレスパイト入院の受入など精神科に求められるニーズはいくつもあるが,現在の精神保健福祉法では柔軟な入院受入が難しい。患者さん自身だけではなく家族の「生活を守る」役割の精神科としての受け皿を準備し社会としての連携システムが構築されるべき時が来ている。

また医療経済的な問題も深刻である。高齢化による労働人口の減少と社会保障費の不足に加え,直接の医療費介護費以外目に見えない家族の負担増による収入の激減。日本は皆保険制度で恵まれている国ではあるが,必要な人が必要なケアを十分に受けるには至っていない。例えば介護者の家族が仕事を失った場合の自己負担額の軽減等,こまかな制度の構築が必要になるかもしれない。また新型コロナウイルス感染症パンデミックと同様に全世界が力を合わせ急いで開発されてきた新型コロナウイルスワクチンや治療薬のように,認知症においても研究者の努力によって治療薬や早期診断検査の開発に明かりが見え始めてはいる。しかし承認が下りるのには時間がかかり,また下りたとしても高額で現実的ではない。

進化心理学のサバンナ仮説によると1万年前から人間の脳の進化は止まっているという。農耕生活が始まり人間の社会や規範が変わっても狩猟採取時代と同じ本性を人間は持っており社会的,心理的特徴は,遥か昔にサバンナで暮らしていた頃と変わっていない。本性の核となるのは自分の子孫(遺伝子)を残すことであり,それによって男女の行動の違いが生まれている。自分の子孫を残したい(つまりは性行動),暴力行為,嫉妬といった感情も本性によるものと考える。これらは,文化,教育,人種,環境が異なってもヒトに共通不変でなければならない。また,ここには善悪,倫理等の解釈は一切排除される。この進化心理学では,高齢者の行動や死を迎えるにあたっての考察はあまりなされてないようであるが,個人的には興味がある。

また,私自身は,ヒトの脳(本性)がこの一万年前から進化していないというこの説は,了解はできるが,やはり人間には良識や道徳といった「理性」あるいは「広義の愛」というものが,進化ではないにしろ前頭前野を中心としたネットワークの発達,学習により存在し,他の種と一線を画していることは重要と考える。

認知症パンデミックを迎えるこの時に,この進化心理学を基に高齢者の心理について考えるべく,ヒトがまだ狩猟採取していた原始的な時代に高齢者がどのように扱われていたのか調べてみたが,十分な情報は知りえなかった。そこでまず,ヒトに最も近縁な現生種であるチンパンジーの研究を探してみた。

Science に掲載された「Social selectivity inaging wild chimpanzees:ミシガン大学」によると,チンパンジーは高齢になると,相互の友情を重視する関係が増加する,付き合う相手が決まってくる,大きな雄の群れに属し社会的適合性が高まる,協調性の高い行動が中心になるという。また京都大学 中村美穂氏の研究報告「老いの姿はなぜさまざまなのか―進化の隣人チンパンジーの多様な加齢プロセスに探る」に「チンパンジーはヒトのような長いスパンでの未来予測を行わないため,加齢による身体的な不具合に対してもその場の対処,もしくは早い段階での諦めといった戦略をとる。このため以前のように動けないことに対する心的な落ち込みといったものはさほど見られない。ヒトでも『現在に意識を集中する』マインドフルネスの有効性が注目されているが,こうした関連においても興味深い」とあるように,高齢チンパンジーの生き方は,我々ヒトの高齢者の在り方を示唆している。過去や他者,環境より「今現在の自分をどう感じるか」という観点では,高齢チンパンジーの今を生きる行動と認知症患者の「いま」と共通点を感じる。近年,精神科臨床に取り入れられてきたマインドフルネス,オープンダイアローグ等の方法論は,進化心理学と共に今後,認知症臨床にも応用していけるツールになり得,そしてそれは一般科医,神経内科医や脳外科医よりも,我々精神科医がその精神医学の歴史を考えるといちばん取り入れやすい立ち位置にいるような気がする。

精神医学は,当初の観察に基づく記述精神医学(静的精神医学),その後のいわゆる力動精神医学,それから,研究や世界的な共通の尺度としての操作的診断基準の功罪,また近年,急速に発達した画像診断学やそれに伴う脳科学の発展,生物学的な研究そして生物心理社会モデルとしての考え方から多元主義的な解釈などさまざま存在する。前述したマインドフルネス,オープンダイアローグ,進化心理学などはある種,広義の哲学であり,精神科医だけではなく一緒にチーム医療を担う心理士はもちろん,看護師,精神保健福祉士,作業療法士等,一緒に勉強していく時期に来ていると思う。いずれにしても精神医学には多様な角度からの道具がある。地域の民間病院で臨床医として働くには,これらの記述精神医学から哲学にいたる,さまざまな道具を上手に手に入れ,使い分ける能力が重要と考える。どれか一つが正しく有用というわけではなく,それぞれの良いところを取り入れることが肝要と考える。

いろいろ書いていたら自分でも訳が分からなくなってきた。この巻頭言の締め切り日を二日過ぎた今日,依頼された1600字の原稿を書いているつもりだったが,ここまでで4700字になっている。外科医から精神科医に転向した私にとっては,この分からなくなってくるところが,臨床精神医学の面白いところでもある。日常臨床の場面で,病棟では,他愛のない話を認知症のおばあちゃんから聴きながら,お互い笑顔になる。外来では,神田橋條治先生の真似をして,診察室をあとにするおばあちゃんの後ろ姿に,「今度の診察までお互い生きていようね」と,背中を見つめながら強く心の中で念じる。

今年度より日本精神科病院協会熊本県支部副支部長を拝命した。また日本精神科病院協会の通信教育分科会委員の6年間を経て,昨年7月より高齢者医療・介護保険委員会の委員として今後の認知症医療における精神科の存在意義を国に対して提案していく。この7月には委員会で認知症に関するアンケートを全国の会員病院にお願いした。これから新しく施行される認知症基本法の時代,今後の政策等につながればと思っている。日精協の活動を通して得た認知症などの新しい情報を,今回院長会で構築するLINEWORKS®等のツールを活用し,会員病院の先生方に積極的にお伝えできればと思っている。また,令和5年10月には熊精協が事務局を担当する,第12回日本精神科医学会学術大会が熊本で開催される。大会長の相澤明憲先生,実行委員長の荒木邦生先生,理事の先生方,熊精協事務局のもと学会成功を目指して,県内の会員病院が一丸となって取り組むお手伝いができればと考えている。世界で最先端の超高齢社会を迎え,認知症パンデミックが目の前に迫った今,まさに我々精神科医が,自身が高齢者になりながら高齢者医療に貢献することを,求められている。

 

協会誌巻頭言のダウンロード

協会誌巻頭言をPDF形式で閲覧・ダウンロードできます。