協会誌巻頭言
当協会について公立・公的病院の役割
~インクルーシブな社会を目指して~
公益社団法人熊本県精神科協会 理事 山下 建昭
新型コロナウイルス感染症が落ち着きましたので,令和7年2月久しぶりに沖縄を訪ねました。40年前に勤務した国立病院機構(NHO)の琉球病院のある金武町を懐かしくドライブしていた所,立派なバイパスが出来ており,病院前の旧道から外れてしまい,パイパスの合流地点から引き返してしまう状況でした。病院の敷地内にこっそり車で乗り入れると,当時は新しかった管理棟や官舎はすっかり古くなっており,グラウンドだった所には立派な医療観察法病棟が立ち,時間の経過を思い知らされた次第です。
今回,沖縄で創作舞踊を観劇する機会が持てました。小学生から高校生までが出演するもので,現代版組踊「鬼鷲~琉球王尚巴志伝」と題するもので踊りと芝居を組み合わせたものでした。そのパンフレットに「インクルーシブな社会」と記載され,障害も持つ子供も排除しないとの説明でした。目的や目標を見いだせない子供への一助になればと20年程前から始められたものでした。障害を持った子供も楽しそうに踊っていたのが印象的で感動し,楽しく嬉しい気分になることができました。
前置きが長くなりましたが,公立・公的病院の役割について述べたいと思います。公的医療機関は,民間での対応が困難な医療,高度先駆的な医療を政策医療として取り組むものとなっています。官民を問わず精神科医療自体が「インクルーシブな社会」に大きく貢献していると思いますが,その中でも特に医療が届きにくい分野があり,その対応を公立・公的病院が担うことになります。菊池病院に関していえば,神経難病を合併した認知症対応,強度行動障害をもつ重症心身障害児(者)の対応,医療観察法病棟における触法行為を起こした精神障害者の対応などです。
私が担当している医療観察法病棟について述べますと,3年前から関わるようになりましたが,最初は大変な患者さん達かなと緊張して病棟に入りました。病棟には,以前勤務していた病院で出会っていた患者さんもおられてびっくりもしました。2001年の池田小学校事件を契機に,2003年医療観察法が成立し,国立精神神経センターや肥前精神医療センターの先生方がイギリスに派遣され,地域に密着した中等度保安病院をモデルとすることになりました。当院では2007年9月に開棟され,以来,140名ほどの対象者の入院治療が行われてきました。転機は,通院医療への移行66%,他の医療観察法病院への転院18%,処遇終了14%。入院日数は平均1120日,ガイドラインの1年半の約2倍です。対象者の3分の2は,時間を要するが治療効果が得られ,3分の1(発達障害や知的障害の合併が多い)は治療効果が得にくい結果となっています。現在入院中の多くの対象者は,退院・社会復帰に向かって治療が進んでいます。悪戦苦闘している対象者もいますが,ゆっくりとした時間軸の中で頑張っていきたいと思っています。
2004年に国立病院・国立療養所は独立行政法人に移行し,自収自弁を目指すこととなりました。新型コロナウイルス感染症後は,医療界全体が大変厳しい状況であり,悩ましい限りです。そんな状況でもセーフティネット系病院として継続していかないとと思っています。幸い当院には,難治性の精神疾患の対応にやりがいを持っているDr,神経難病に合併した認知症の診断と治療にやりがいを持っているDr,重症心身障害児(者)病棟における強度行動障害に対するTEACCH プログラムの実践と普及にやりがいを持っているDr などがいて心強い限りです。医局以外の部署にも優秀で十分な陣容のスタッフが揃っており,ありがたいことです。社会から期待される役割を果たしていきたいと考えています。
今後,地域医療構想に精神科医療も加わることになり,役割分担を検討していくことになると思います。熊精協の皆様と共によく相談して,熊本がインクルーシブな社会になるように貢献していきたいと考えています。
最後に,私は定年延長2年目となりましたので,司法精神医学に興味を持たれる若い精神科医の医療観察法病棟への参画を切に希望致しております。
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- 協会誌巻頭言「公立・公的病院の役割~インクルーシブな社会を目指して~」(PDF)
- 協会誌巻頭言「新年のご挨拶」(PDF)
- 協会誌巻頭言「私の愛おしい小さな子供達」(PDF)
- 協会誌巻頭言「テクノロジーとの共存」(PDF)
- 協会誌巻頭言「新年のご挨拶」(PDF)
- 協会誌巻頭言「精神科医療と身体、連携について」(PDF)
- 協会誌巻頭言「電気代高騰と脱炭素」(PDF)
- 協会誌巻頭言「熊本地震8年を迎えて」(PDF)
- 協会誌巻頭言「新年のご挨拶」(PDF)
- 協会誌巻頭言「今までの人生を振り返り,更に今後の生き方について」(PDF)
- 協会誌巻頭言「もうひとつのパンデミック」(PDF)
- 協会誌巻頭言「新型コロナの行方」(PDF)
- 協会誌巻頭言「新年のご挨拶」(PDF)
- 協会誌巻頭言「人権制限の必要性と有害性」(PDF)
- 協会誌巻頭言「コロナ禍における覚悟」(PDF)
- 協会誌巻頭言「熊精協との30年」(PDF)
- 協会誌巻頭言「新年のご挨拶」(PDF)